バイバイ・ロンリー・ライアー(1)

 神様、私はうそつきで見栄っ張りな偽善者です。
「お願い!まどか!結城くんを花火大会に誘ってほしいの!」
 放課後の教室。話したいことがあるからと、果絵ちゃんに残って欲しいと頼まれた。実のところ、その頼みを聞いた時から、何を言われるのか大体予想はついていた。
 私は、手を合わせて頭を下げる級友に、とりあえず頭を上げるように言った。
「仏像じゃないんだからそんなに拝まないでよ。任せて。今週末の花火大会に結城を誘っとく」
「本当!?ありがとう!」
 果絵ちゃんは大げさなくらいに喜んで、私に抱きついて何度も礼を言ってきた。それから元気よく手を振りながら、部活に参加するために教室を出て行った。
 手を振りながら果絵ちゃんを見送った。彼女の姿が見えなくなると、私は盛大に溜め息を吐き出して机に突っ伏した。
 またやってしまった。
 鞄の中からスマートフォンを取り出して、結城に連絡をしようとメッセージ作成画面を立ち上げた。そのまま一文字も入力せずに、しばらくスマートフォンを見つめる。
 誘い文句に悩んでいたからではない。もう何回も同じことをしているから、今さら悩むようなことではない。結城は部活に入っていないから、バイト中じゃなければ、きっとすぐに返信は来る。
 同級生の結城昴琉とは中学の時からの腐れ縁だ。私の苗字が結川だから出席番号が並んでいて、同じクラスになると必ず席が近くなった。そのおかげでしゃべる機会が多くて、気が合ったものだから、高校に入学する頃には、かなり仲良くなっていた。たぶん男女含めて考えても、私が一番結城と仲が良い。
 で、この結城昴琉というやつは、女の子から大変モテる。顔はいいし、運動神経もいいし、人当りも悪くない。ついでに言えば、家は医者一家らしい。モテる男子の条件としては十二分だ。中学卒業の時は、学ランのボタン争奪戦が繰り広げられた。
 そんなわけだから、さっきの果絵ちゃんみたいに結城とお近づきになりたい女子は、まず私のところにやって来る。去年も一昨年もその前も、夏は花火大会に、冬はバレンタインデーのチョコを渡すために、結城を呼び出してくれと頼まれた。
 私は女の子たちから頼まれるたびに、結城に声をかけた。呼ばれるたびにちゃんと応じてくれる結城も意外と律儀だと思う。
 同じく中学からの友人の彩実には、面倒くさいことをよく引き受けると呆れられている。確かに正直面倒だと思う時もある。だけど頼まれたことを断る方が、私にはよっぽど面倒だった。それに断ったりなんかしたら、後で何を言われるのかわからない。中学高校の女子の世界はシビアなのだ。
 だけど、その度に後悔しているのも事実である。
 なぜかといえば答えは一つ。私も結城昴琉のことが好きなのだ。
 自分の好きな人に、他の女の子が告白するのを手伝う。こんなに不毛でモヤモヤすることはない。でも見栄っ張りな小心者で偽善者の私は、気の良い結川まどかを演じ続けていた。
 モヤモヤを振り払うように頭を振ると、私は結城にメッセージを送った。
『今週末ヒマ?花火大会行こうよ』
 しばらくして返信がある。『いいけど他に誰がくるの?』
 よし、行く気にはなってくれた。第一関門突破。果絵ちゃんが来ることを伝えて、待ち合わせの時間と場所を決めた。
 結果を果絵ちゃんにもメッセージを送って報告する。部活中のはずなのに、喜んでいるうさぎのスタンプがすぐに送られてきた。ちょうど休憩時間だったのかもしれない。
 それにしても果絵ちゃんまで結城のことが好きだなんて意外だった。野球部の早瀬くんといい感じに見えたんだけど。人の気持ちは見た目だけじゃわからない。
 週末の花火大会に結城を呼び出すのには成功した。あとは当日、機を見てさりげなく私ははぐれて果絵ちゃんと結城を二人きりにしてあげればいいだけだ。いつもやっていることだ。いつものことだけど……。
 当日の想像をして、私は再び机に突っ伏して、しばらくの間悶々としていた。

 花火大会当日、待ち合わせ場所に行くと結城が一人で待っていた。果絵ちゃんはまだ来ていない。意外と几帳面な結城は、いつも待ち合わせ時間より早くに来ている。そうゆうとこも女の子たちからモテるポイントなのかもしれない。
「結城、お待たせ」
 私は結城に声をかけた。結城は私に気づくと、切れ長の瞳をちょっとだけ瞠った。
「毎年思うけど、馬子にも衣装って感じだよな」
「何それ。あんた本当私に対しては失礼よね」
 花火大会に合わせて、私は浴衣を着ていた。ちなみにこれも果絵ちゃんから頼まれたことである。一人だけ浴衣だと気合が入り過ぎているように見えるから、私にも浴衣を着てきてほしい。私は二つ返事で承諾した。同じことを、もう何回も頼まれているから慣れていた。
 毎年女子の誰かから結城を花火大会や夏祭りに誘ってほしいと言われる。そのたびに、浴衣を着ているものだから、結城は私の浴衣姿を見慣れている。ちょっとくらい驚いてくれてもいいと思うが、正直今更だよね。
 待ち合わせの時間まではまだ少しあった。果絵ちゃんから特に連絡もないから、時間ちょうどに来るのだろうと私は思っていた。
 結城と二人でいて、気まずくもないし、適当に世間話でもしていよう。ふと、おもむろに結城が口を開いた。
「なあ、今年もお前途中でどっかいなくなるの?」
 私は凍りついたように、ぴたりと動きを止めた。恐る恐る隣りに立つ結城を見上げる。
「な、何のこと?」
 我ながら、大根役者もいいところだと思う。でも動揺を隠しきれなかった。もしかしてばれてる?
 結城は大げさなほどに溜め息を吐いて、半眼で私を見下ろした。
「お前さ、俺が気づかないとでも思ってたの?毎年毎年同じことされりゃ、さすがに気づくっつーの」
 ばれてた。いつからだろ。毎年毎年ってことは、かなり前から?冷たい汗が背中を伝う。
「わかってんなら、ちゃんと果絵ちゃんと花火大会楽しんでよね」
 私は開き直った。今更隠したってしょうがない。わかっててここに来たんなら、ちゃんと責任をとってくれないと困る。
「言っとくけど、俺、須崎さんともつき合う気はないからな」
 須崎は果絵ちゃんの苗字だ。私が知る限り、結城に今まで彼女がいたことはない。私が結城との間を仲介しても、どの女の子も最後には結城にフラれて、私にお礼だけ行って去っていった。  てゆうか、何様だ、あんたは。こっちはあんたとの仲人やるのに必死だって言うのに。
 私はむかっ腹が立って、結城を睨み上げた。
「なんでそう言い切るの。果絵ちゃん、いい子だよ。普段大して話していないのに決めつけなくてもいいじゃん」
「普段大して話してもいないやつとつき合えっていうのか?お前、馬鹿じゃねえの」
 呆れたようにまた、結城は溜め息を吐く。一方の私は、いよいよ腹の虫が収まらなくなってきた。
 文句を言おうとしたら、それを制するように結城が口を開いた。
「結川が誰を連れてこようと、俺は誰ともつき合わないよ」
「なんでよ」
「そんなの、好きなやつがいるからに決まってんだろ」
 ガンと頭を殴られたような衝撃があった。好きな人がいる。結城に。
 そんなこと考えてみたこともなかった。
 呆然とする私に気づいているのかいないのか、結城の声は淡々と続く。
「お前が頼んでくるから、つき合ってやってたけど、女子だけじゃなくて俺の気持ちも少しは考えろよな」
 結城の言葉は私の胸にぐさりと突き刺さった。確かに女の子たちの要望に応えるのに必死で、結城の気持ちなんか考えたこともなかった。
 結城はずっと迷惑に思ってたんだ。私が女の子たちの橋渡し役をしていること。
 でも、だったらなんで……、
「なんでもっと早くにそう言ってくれなかったのよ!」
「俺が迷惑って言って、お前断れんの?」
 そんなの出来っこないだろ。結城の目が冷めたようにそう告げていた。図星だった。見栄っ張りな小心者で偽善者の私は、きっと断ることができない。結城はそれがわかっていたから、今までつき合ってくれていたのだ。
 とんだ茶番だ。いい子ぶっていた自分がみっともなくて、恥ずかしい。
 結城と目を合わせたくなくて、私は俯いた。今、何時だろう。きっともうすぐ果絵ちゃんが来る。
 けどこんな状態で、どうすればいいの?
「……とにかく、今日は約束しちゃったから、果絵ちゃんと花火大会に行って」
 それだけ告げると、私はその場を駆け出した。私を呼ぶ果絵ちゃんの声が遠くに聞こえた気がした。結城は追いかけてなんかくれなかった。

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